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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6218号 判決

原告 株式会社ホームケア・ジャパン(旧商号 スワイプ・ジャパン株式会社)

右代表者代表取締役 エルドン・デイ・フット

同 浅井和夫

右訴訟代理人弁護士 涌川清

同 中津靖夫

同 安田純子

被告 安田倉庫株式会社

右代表者代表取締役 島谷清

右訴訟代理人弁護士 山田敏夫

同 安藤秀男

被告 互興運輸株式会社

右代表者代表取締役 三留博夫

同 龍崎裕計

右訴訟代理人弁護士 増田次則

同 綿引幹男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告安田倉庫株式会社は、原告に対し、五三八六万三〇〇〇円およびこれに対する昭和五一年六月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告互興運輸株式会社は、原告に対し、六五四〇万五六〇〇円およびこれに対する昭和五〇年一〇月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、家庭用洗剤等の輸入販売業を営む株式会社であり、被告らは、いずれも倉庫業、通関業等を営む株式会社である。

2  契約の締結

(一) 基本的契約

原告は、昭和四四年三月ごろ、被告互興運輸株式会社(以下「互興運輸」という。)との間に、また昭和四六年一〇月ごろ、被告安田倉庫株式会社(以下「安田倉庫」という。)との間に、原告が香港から輸入する洗剤、洗髪剤等(以下「本件商品」という。)の通関業務を継続的に委託する契約(以下「基本契約」という。)をそれぞれ締結し、右各契約は、いずれも昭和五〇年五月ごろまで継続していた。

(二) 個別的契約

右各基本契約に基づき、原告は、互興運輸に対しては少なくとも昭和四七年四月から昭和五〇年五月までの間、安田倉庫に対しては少なくとも昭和四七年四月から昭和四九年六月までの間、それぞれ本件商品の通関業務を委託する個別的契約(以下「個別契約」という。)を締結した。

3  前提事実

(一) 特恵受益国の指定

昭和四七年政令五四号により、香港は、同年四月一日から関税暫定措置法八条の二にいう特恵受益国に指定された。

(二) 特恵関税適用の要件

(1) 実体的要件

個々の輸入品が特恵関税の適用を受けるためには、その輸入品が香港を原産地とする製品であることが必要であり、そのためには、右輸入品が次のいずれかの原産地認定基準に適合しなければならない。

① 関税暫定措置法施行令(以下「暫定令」という。)二二条の七第一項一号の基準――すなわちその輸入品が香港で完全に生産されたこと(以下「完全生産品の要件」という。)

② 暫定令二二条の七第一項二号および関税暫定措置法施行規則九条の基準――すなわちその輸入品に香港の完全生産品以外の物品が原料として使用されている場合に、香港において、その物品に対し実質的変更を加える加工または製造(原則として関税定率法上の号の変更が必要である。)により生産されたこと(以下「実質的変更の要件」という。)

③ 暫定令二二条の七第二項の基準――すなわちその輸入品の原料として、日本から輸出された物品が使用されている場合には、その物品は香港の原産品とみなして、①②の原産地認定基準が適用されること(以下「自国関与の特例」という。)

(2) 手続的要件

(1)の実体的要件を充足している場合であっても、輸入通関手続に際して、輸入申告書に次の書類を添付して申請しなければならない。

① その輸入品が香港から日本に輸出される際、香港商工会議所で発行する「原産地証明書」(暫定令二二条の八)

② 自国関与の特例による場合には、さらに、「原産地証明書に記載された物品の生産に使用された日本からの輸出物品に関する証明書」およびその輸出物品の「輸出許可書」(暫定令二二条の一一)

(三) 本件商品に対する特恵関税適用の可能性

以下のとおり、原告が被告らに対し、各個別契約によって、本件商品の通関業務を委託していた間(以下「本件期間」という。)、本件商品((1)ないし(5)の冒頭の名称は、各商品名である。)のいずれについても特恵関税が適用されて免税されることが可能であった。

(1) ノースウエット、マジックミスト

原料のすべてが、実質的変更の要件に該当した。

(2) スワイプ

① 原料のうち、直鎖ドデシルベンゼンスルホン酸については、本件期間中、すべて日本の長瀬産業株式会社から輸出されたものを使用していたので、自国関与の特例に該当した。

② その他の原料については、実質的変更の要件に該当した。

(3) エイチエルデイ、バルクエイチエルデイ

① 原料のうち、直鎖第二級アルコールエトキシレートについては、本件期間中、日本から輸出されたものを使用していなかったが、当時、日本においても、右原料が生産されていたから、原告が、これらの商品に日本から輸出された右原料を使用した場合には自国関与の特例の適用が可能であることを知ったとすれば、本件期間中、香港で本件商品を生産していたケンパックリミテッド(以下「ケンパック」という。)に対し、右原料を日本から輸入して使用するように指示することができた。

② その他の原料については、実質的変更の要件に該当した。

(4) サムシンエルス

① 原料のうち、直鎖ドデシルベンゼンスルホン酸については、本件期間中、すべて日本の長瀬産業株式会社から輸出されたものを使用していたので、自国関与の特例に該当した。

② 原料のうち、ラウリン酸ジエタノールアミドおよび直鎖第二級アルコールエトキシレートについては、本件期間中、いずれも日本で生産されていたから、原告が、サムシンエルスに日本から輸出されたこれらの原料を使用した場合には自国関与の特例の適用が可能であることを知ったとすれば、ケンパックに対し、前同様の指示をすることができた。

③ その他の原料については、実質的変更の要件に該当した。

(5) ココナッツオイルサムシンエルス

① 原料のうち、ラウリン酸ジエタノールアミド、ラウリル硫酸ナトリウムおよびラウリルエーテル硫酸ナトリウムについては、本件期間中、いずれも日本で生産されていたから、原告が、ココナッツオイルサムシンエルスに日本から輸出されたこれらの原料を使用した場合には自国関与の特例の適用が可能であることを知ったとすれば、ケンパックに対し、前同様の指示をすることができた。

② その他の原料については、実質的変更の要件に該当した。

4  被告らの債務不履行

(一) 契約に基づく義務とその違反

(1) 義務の内容

被告らは、原告との間の前記基本契約および個別契約に基づき、本件商品について、その実情に沿う通関手続を行ない、かつ右手続の過程で、本件商品の関税について節税できる余地の有無(具体的には特恵関税適用の有無)について検討し、原告に対し、事実関係の調査(具体的には本件商品の原料および生産地の調査)を指示し、また商品によっては、原料の一部について日本での生産品を使用させれば自国関与の特例の適用があることを示唆し、あるいは、特恵関税の適用を受けるために必要な書類の取りそろえ等を指示すべき義務があったのにこれを怠った。

これを商品別に詳説すれば以下のとおりである。

① ノースウエット、マジックミスト、スワイプ

特恵関税の適用が可能であることを示唆し、必要な書類の取りそろえを指示すべき義務があったのにこれを怠った。

② エイチエルデイ、バルクエイチエルデイ、サムシンエルス、ココナッツオイルサムシンエルス

生産業者に対して原料の一部を日本から輸入するように指示すれば、特恵関税の適用が可能であることを示唆し、また、これを日本から輸入する場合には、必要な書類を取りそろえるように指示すべき義務があったのにこれを怠った。

仮にそうでないとしても、少なくとも、香港からの輸入品の輸入申告に際しては、原料と製品との関係いかんによって特恵関税適用の有無が左右されるのであるから、被告らは、輸入申告書の作成に先だって、これらの商品に使用されている原料の生産地または輸入先について原告に問い合わせるべき義務があった(原告としては、そのような問い合わせがあれば、その理由を調査することにより、特恵関税適用の可能性について配慮することが可能であった。)のに、これを怠った。

(2) 義務の根拠

通関業務は、複雑な関税関係の法令上の手続の積み重ねであり、これを行なうには高度の専門知識を必要とするところから、通関業法は、通関業を営むについては、税関長の許可を必要とし、かつ、その営業所には、通関士試験に合格した通関士を置くことを義務づけている。

しかも、通関士は、日本関税協会刊行の「実行関税率表」を常用し、関税実務に関する高度の知識を有し、本件商品についての特恵関税適用の有無について、容易に調査できる立場にあった。

したがって、被告らは、原告との通関委託契約に基づいて、前記の義務を負担すべきである。

(3) 契約の性質との関係

(1)の義務は、原告と被告らとの間の各個別契約に当然伴う義務であるが、本件においては、個別契約が継続して行われており、また、各個別契約とは別に、原告と被告らとの間に、それぞれ前記基本契約が締結されていたところから、被告らの義務は、一回的契約の場合に比べて、さらに加重されるべきである。

(二) 照会があったことによる義務の加重

原告の当時の担当者である中込邦雄(以下「中込」という。)は昭和四七年三月、日刊新聞によって、香港が特恵受益国に指定されることを知り、被告らに対し、それぞれ、本件商品が特恵関税の適用対象となるかどうかを問い合わせた。

したがって、仮に原告と被告らとの契約から当然には前記義務が生じるものでないとしても、これに右の事情を加味すれば、被告らは当然右義務を負担すべきである。

5  損害

(一) 納付関税額

本件商品について、特恵関税の適用が可能となった昭和四七年四月一日から昭和五〇年五月までの間に、原告が被告らの指示によって納付した関税の額は、各被告について、それぞれ別紙第一、二表に記載したとおりであり、総額は、安田倉庫に委託した分が五三八六万三〇〇〇円、互興運輸に委託した分が六五四〇万五六〇〇円である。これは、被告らの前記債務不履行によって原告が被った損害である。

(二) スワイプ等についての債務不履行とエイチエルデイ等に関して生じた損害との因果関係

仮に、エイチエルデイほか三商品についての被告らの前記義務(4(一)(1)②)が認められないとしても、被告らが、スワイプほか二商品についての前記義務(4(一)(1)①)を履行していれば、原告は、エイチエルデイほか三商品についての特恵関税適用の可能性に気づいて、生産業者にそれらの原料の一部を日本から輸入して使用するように指示することによって、前記損害の発生を防止することができたのであるから、スワイプ等についての被告らの義務違反とエイチエルデイほか三商品について発生した損害との間にも相当因果関係がある。

(三) 遅延損害金の起算日

(1) 原告は、安田倉庫に対して、昭和五一年六月二八日到達の書面によって、右損害の賠償を請求した。

(2) 原告は、互興運輸に対して、昭和五〇年一〇月二一日到達の書面によって、右損害の賠償を請求した。

6  結論

よって、原告は、債務不履行による損害賠償として、安田倉庫に対しては、五三八六万三〇〇〇円およびこれに対する請求の日の翌日である昭和五一年六月二九日から、互興運輸に対しては、六五四〇万五六〇〇円およびこれに対する請求の日の翌日である昭和五〇年一〇月二二日から、それぞれ支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否および反論

(安田倉庫)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実のうち、(一)(基本的契約)は否認し、(二)(個別的契約)は認める。ただし、右個別契約が、基本契約に基づくものであることは否認する。

3 同3の事実のうち、(一)、(二)は、いずれも認める。(三)のうち、(1)は認め、(2)①、(3)①、(4)①、②は、いずれも否認し、その余は不知。

4 本件期間中、ケンパックが、エイチエルデイおよびバルクエイチエルデイの原料として使用した直鎖第二級アルコールエトキシレートならびにサムシンエルスの原料として使用したラウリン酸ジエタノールアミドおよび直鎖第二級アルコールエトキシレートは、いずれも当時、日本では、ほとんど製造されていなかったから、原告が、自国関与の特例があることを知ったとしても、ケンパックに、それらの原料を日本から輸入させることは、不可能であった。

また、仮に、本件期間中、それらの原料が日本で製造されていたとしても、原告は、単なる輸入業者にすぎないから、生産業者であるケンパックに対し、本来生産業者が決定すべき原料の輸入先の選択についてまで指示できる立場にはなかった。したがって、この点からも、原告がケンパックにそれらの原料を日本から輸入させることは、不可能であった。

5 請求原因4のうち、(一)(2)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。債務不履行責任については争う。

6 同5のうち、(一)および(三)(1)の各事実は、いずれも認める。(二)については争う。

(互興運輸)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、(一)(基本的契約)は否認し、(二)(個別的契約)は認める。ただし、右個別契約が、基本契約に基づくものであることは否認する。

3 同3の事実のうち、(一)、(二)および(三)(1)は、いずれも認め、その余は不知。

4 同4のうち、(一)(2)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。債務不履行責任については争う。

5 同5のうち、(一)および(三)(2)の各事実は、いずれも認める。(二)については争う。

(被告らの反論)

1 債務不履行責任について

被告ら通関業者には、以下に述べるとおり、原告主張のような重い注意義務はないから、本件において、被告らに債務不履行責任はない。

(一) 通関委託契約の内容は、通関業者が、輸入業者から提出された送り状、輸入承認証その他の輸入関係書類に基づいて輸入申告書を作成し、これを税関に提出して輸入品の通関手続を行なうことである。しかも、その輸入関係書類には、すでに輸入業者または輸出業者によって、商品の名称、税表番号、数量、原産地がすべて記載されているため、通関業者は、これを単に事務的に転記するのであって、その意味で、通関業務は、代書的事務にすぎない。

(二) 被告らは、原告から通関手続についてのみ委託を受けていたのであって、本件商品の原料、生産地、生産工程等の事実関係については、全く知らされていなかった。そのうえ、当時、本件商品は、外国製の高性能な新製品というイメージで販売されていたので、本件商品の主原料に日本製のものが使われていることを予測することもできなかった。したがって、被告ら通関業者は、当時、本件商品に特恵関税の適用があるかどうかについて判断できる立場にはなかった。

(三) 原告は、昭和四三年ごろから、米国、ニュージーランド、香港等から、本件商品と同種の商品を継続的に輸入していたので、その輸入通関手続には精通していた。特に原告の担当者中込は、輸入業者として豊富な貿易実務の経験があり、輸入通関手続についても十分な知識と経験を有していた。したがって、原告は、特恵関税制度についてもよく認識していた。

(四) 本来、特恵関税制度は、低開発国に対して便益を与え、その経済活動を向上させることを目的とする恩恵的制度であるから、その適用を受けるかどうかは、あくまでも輸出業者および輸入業者がその自由な選択によって決めるものであって、通関業者としては、輸入業者の指示がなくても当然に特恵関税の適用を申請しなければならないという一般的義務を負うものではない。しかも、原告は、特恵関税の適用を受けるために必要な書類を提出しないばかりか、特恵関税の適用を受けたい旨の意思表示もしなかった。

(五) 原告と被告らとの間の通関委託契約は、一回ごとの個別的契約であり、しかも、原告は、輸入物品ごとに、安田倉庫と互興運輸のいずれかを適当に選択して通関を委託していたから、原告と各被告との間には、継続的信頼関係が発生する余地がなかった。

(六) 通関業務の料金の額は、法令で規制されており、本件期間中の通関手数料は、輸入申告書一通について、二〇〇〇円ないし三〇〇〇円と低額であった。

(七) 本件の場合について、具体的に言えば、

(1) 原告は、昭和四七年三月ごろ、日刊新聞によって、香港が特恵受益国に指定されたことを知っていたこと、

(2) 原告は、安田倉庫の担当者から、再三にわたって、特恵関税の適用を申請するかどうかについて、照会を受けていたこと、

(3) ある商品が、特恵関税適用の対象となるかどうかは、何ら特別の知識に属するものではないこと、

(4) 原告は、輸入業者として、輸入商品の販売価格を決定するうえでの重要な要因である関税額についても重大な関心を有していたはずであること、

などの諸事実があり、これらの事実にかんがみると、当時、原告が、本件商品に対し特恵関税が適用される可能性があることを認識していたことは確実である。

以上、(一)ないし(七)の事情にかんがみると、輸入業者が特恵関税の適用を希望するのであれば、その意向を通関業者に伝えるべきであり、これについて何らの意思表示もない場合、通関業者は、輸入業者が提出した資料に基づいて、最も有利な手続を履行すれば、通関委託契約に基づく義務を尽くしたといえるのである。

実務においては、輸入業者が、特恵関税適用の可能性を認識してその適用を指示した場合に、はじめて通関業者が、その商品について特恵関税適用のための要件を調査するのであって、何ら輸入業者から指示もないのに、通関業者が、一律に、すべての商品について積極的に特恵関税適用の有無を調査すべきであるとすれば、現在の通関制度は、根底から崩壊するといわなければならない。

したがって、本件の場合、被告らとしては、原告提出の書類および原告の指示にしたがい、正確に通関手続を行なえば、十分にその法的義務を尽くしているのであって、それ以上に、原告に対し、特恵関税適用のために、製品の原材料の内容、その輸入先、生産工程等を積極的に調査することを指示したり、そのために必要な書類の取りそろえを指示したりするなど、原告主張のような高度な法的義務を負うものではない。

2 請求原因5(二)(スワイプ等についての債務不履行とエイチエルデイ等に関して生じた損害との因果関係)について

本件商品の原料として、いかなる国で製造されたものを使用するかは、生産業者が独自に決定することであり、輸入業者である原告が指示できることではない。したがって、仮にスワイプ等については、特恵関係の適用を受けることができたとしても、当時、特恵関税の要件を充足していなかったエイチエルデイほか三商品について、原告が、原料の輸入先を変更するようにケンパックに対して指示して、特恵関税の適用を受ける余地はなかった。したがって、スワイプ等についての債務不履行とエイチエルデイ等に関して生じた損害との間には、相当因果関係がない。

三  抗弁(原告の特恵関税適用放棄)

(被告ら)

以下のとおり、原告は、香港が特恵受益国に指定された当初から、本件商品に対する特恵関税の適用を放棄していた。

1 (安田倉庫)

(一) 安田倉庫の営業担当者大場広行は、香港が特恵受益国に指定される以前に、中込に対し、本件商品は香港から輸入しているから特恵関税が適用されるようになるのではないかと問い合わせたところ、中込は、商品がどんどん売れているから早く引き取りたいので、特恵関税適用の必要はないと答えた。

(二) 安田倉庫の通関士熊谷功は、昭和四七年四月に香港が特恵受益国に指定された後、本件商品中で初めて通関委託を受けたエイチエルデイにつき、同年五月一日付で輸入申告書を作成した際、原告の担当者風間博(以下「風間」という。)に対し、特恵関税適用の必要がないか問い合わせたが、風間は、原産地証明書はなく、それよりも、商品が不足しているので早く通関手続をしてほしい旨答えた。

(三) 昭和四八年一〇月、安田倉庫の担当者道三元司は、税関の審査官から、本件商品には特恵関税適用の可能性があると思うがどうかとの示唆を受けたため、通関士高木徹を通じて風間に照会したところ、風間は、特恵関税は適用しなくてよく、品物を早く引き取りたい旨答えた。

(四) 昭和四七、八年ごろ、安田倉庫の通関士中島洋は、中込に対し、数回にわたり、特恵関税の適用を希望するかどうかについて、原告の意向を確認したが、中込は、その都度、特恵関税の適用は必要ない旨答えた。

2 (互興運輸)

昭和四七年八月ごろ、互興運輸の通関士三上倫太郎(以下「三上」という。)が、税関の担当者から、本件商品に特恵関税の適用を求めないのかどうか問い合わせを受け、もしそれを求めないならば、後日の紛争を避けるため、荷主からその旨の放棄書を提出させるように指示されたため、三上が原告の担当者である中込に問い合わせたところ、中込は、原産地証明書もないし、特恵関税の適用は求めないから早く通関手続をしてほしい旨答え、その後、原告から放棄書が提出されたため、三上は、これを税関に提出した。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は、各当事者間に争いがなく、同2(契約の締結)の事実のうち、(二)(個別的契約)については、原告が、互興運輸に対しては少なくとも昭和四七年四月から昭和五〇年五月までの間、安田倉庫に対しては少なくとも昭和四七年四月から昭和四九年六月までの間、それぞれ本件商品の通関業務を委託する個別的契約を締結した点において各当事者間に争いがない。

二  請求原因3(前提事実)の事実のうち、(一)(特恵受益国の指定)および(二)(特恵関税適用の要件)については、いずれも各当事者間に争いがなく、(三)(本件商品に対する特恵関税適用の可能性)のうち(1)(ノースウエット、マジックミストについて特恵関税が適用される事実)についても、各当事者間に争いがない。

三  そこで、被告らの債務不履行責任について判断する。

《証拠省略》に前記争いのない事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  通関業法二条によれば、通関業務とは、税関に対する輸入等の申告または承認の申請からそれぞれの許可または承認を得るまでの手続および税関等に対して提出する右手続にかかる申告書等の書類の作成等について、その依頼をした者(輸入業者など)の代理または代行をする事務であると定義されているところ、原告と被告らとの間の通関委託契約は、本件商品の輸入申告に伴う通関業務を委託するものであって、その料金は、輸入品の価格や数量にかかわりなく、一律に、輸入申告の件数を単位として定められ、料金額も、昭和四六年六月一日から昭和四八年末までは、一件あたり三五〇〇円、昭和四九年一月一日からは、一件あたり五〇〇〇円と低額に定められていたが、これは、日本通関業会連合会が定めた通関業者通関業務料金最高額表の最高限にしたがって決められたものであり、原告と被告らとの間には、一般の通関業務の範囲を超えて、関税について助言をし、あるいは節税の相談に応じるなど特別の業務を委託する契約はなかったこと、

2  香港が特恵関税受益国に指定されることは、昭和四七年三月ごろ、日刊新聞で報道され、そのころ、原告も、現実に右の報道によって、その事実を知って、本件商品に特恵関税の適用があるかどうかを一応検討したが、他方で、被告ら通関業者の過去の経験においても、特恵受益国からの輸入品に関しては、通関業者が特恵関税適用の可能性をとくに示唆しなくても、輸入業者の方から特恵関税の適用を希望してその適用の可能性を通関業者に問い合わせてきた場合がほとんどであって、通関業者の方から輸入業者に対して特恵関税の適用を示唆した例はむしろまれであり、このような事情からすると、香港が、特恵受益国に指定され、そこからの輸入品については特恵関税適用の可能性があるということ自体は、決して特別な知識に属することがらではなく、物品を輸入販売するにあたっては、その販売価格を大きく左右する関税について特別の関心を持っているはずの輸入業者であれば、ことさらに通関業者が示唆するまでもなく、当然に知っているべきことがらであると考えられること、

3  しかも、香港からの輸入品であれば当然に特恵関税が適用されるというものではなく、さらに請求原因3(二)(1)の実体的要件を充足する必要があるところ、通関業者は、通常、まず原産地証明書(物品を輸出する際に、輸出者の申告に基づいて、原産地の税関等が発給するもの)によって、その要件を充足するかどうかを検討しており、また、場合によっては、製品の原料およびその輸入先ならびに製造工程等についての知識も、その要件充足の判断に必要となるが、被告ら通関業者としては、通常、製品に関するそのような知識を輸入業者から与えられておらず(製品については、通関業者より、輸入業者の方が、一般に知識を得やすい立場にあると考えられるが、原告側の通関担当者であった中込ですら、本件商品は世界中の様々な国から良い材料を買って香港で作っているという程度の知識しかなかった。)、わずかに、本件商品の通関を始めるにあたって、製品の成分(必ずしも原料と同じとは限らない。)である化学物質について、既存化学物質名簿で分類されている名称(総称で分類されているものもある。)を示した書面を、原告から被告らが受けとって税関に提出したことがあるにすぎず、香港が特恵受益国に指定される以前に、暫定税率で納税申告して通関するために被告らが原告から受けとっていた送り状、輸入承認証等の書類に前記原産地証明書が含まれていなかったので、受けとった書類だけでは、特恵関税適用の要件の有無を判断することは不可能であったこと、

4  税関においても、輸入業者が特恵関税の適用を希望して通関業者に問い合わせをしてきた場合には、まず、原産地証明書の提出を輸入業者に指示するように、通関業者を指導していたこと、

5  申告納税制度の下では、特恵関税の適用を希望するかどうかは、輸入申告をする者の判断に委ねられていることであって、仮に、実体的には特恵関税適用の要件が充足されている場合でも、その申請のためには、さらに請求原因3(二)(2)の手続的要件も具備する必要があり、また、税関においても、特恵受益国からの輸入品について輸入業者が特恵関税の適用を希望しない場合に、輸入業者から特恵関税の適用を放棄する旨の書面を提出させる取り扱いをした例もあること、

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》。

このような、原告と被告らとの間の通関委託契約の内容、輸入業者である原告と通関業者である被告らの置かれた立場、および特恵関税制度の性質などにかんがみると、被告らは、原告から通関手続を委託された通関業者として、通関業務についての専門的知識を用い、原告の提出した資料および原告の指示に基づき、原告に最も有利な通関手続を行うべきであるから、その事務処理に際し、原告の気づかない特恵関税適用の可能性があることを知りえたときには、これを原告に示唆する程度のことは、被告らに期待してもよいと考えられるが、さらに進んで、示唆にかかわらず、原告から特恵関税の適用を希望する意向が示されない場合にも、被告ら自らが特恵関税適用の要件の存否を具体的に検討、調査し、あるいは原告にその調査、資料の取りそろえ等を指示するなど、原告主張のような高度の注意義務を被告らに課することは、元来が申告書等の書類の作成を中心とする事務手続を低廉な料金で委託された被告ら通関業者にとって、酷にすぎるというべきである。したがって、被告ら通関業者が、通関委託契約に基づいて原告に対し負っていた義務は、原告の提出した資料によって特恵関税適用の可能性があると判断された場合に、原告にその旨を示唆し、原告が特恵関税の適用を希望してきた場合には、原告に対し、右適用の要件を判断するのに用いかつその申請手続に必要とする原産地証明書等の提出を促し、原告からそれが提出されたときは、具体的に特恵関税の適用の可能性を検討し、さらに申請に必要な書類の取りそろえを原告に指示する等の限度においてのみ、原告の希望の実現に協力することにとどまると解するのが相当である。

また、前掲各証拠によれば、原告は、被告らに対して継続的に通関を委託してはいたが、個々の輸入について、被告らのどちらに通関を委託するかは、その都度、原告の自由な判断で決めていたことであって、委託を打ち切ることも原告の自由であり、継続的に委託することに伴う特別な報酬は支払われていなかったことが認められ、このような原告と被告らとの間の契約の実情に照らすと、仮に請求原因2(一)の基本契約があったとしても、このことがただちに先に認定した通関委託契約の内容や被告らの立場に影響を及ぼすとは考えられず、したがって、被告らの前記義務の内容や程度を左右するものでもない。

四  そこで、以上の義務を前提として、各被告の責任について個別的に検討する。

1  安田倉庫の責任について

《証拠省略》を総合すると、原告は、安田倉庫に対して、本件期間中、一度も本件商品に特恵関税の適用を希望する意向を伝えたことがなく、したがってその原産地証明書も提出しなかった事実、そればかりでなく、香港が特恵受益国に指定された昭和四七年四月以後最初に安田倉庫が原告から本件商品の通関委託を受けた際、安田倉庫の通関士らは、特恵関税適用の可能性があると考え、通関士熊谷功が、原告に対し、本件商品について特恵関税の適用を希望するかどうか、また、原産地証明書がないかどうかを問い合わせ、さらにそれ以降、安田倉庫の通関士中島洋が二、三回、同高木徹が一回、それぞれ、原告に同様の問い合わせをしたのに対して、原告の担当者は、その都度、原産地証明書はなく、特恵関税の適用は希望しないから暫定税率で通関手続をしてほしい旨答え、本件期間中、安田倉庫は、本件商品について、いずれも、香港が特恵受益国に指定される前と同様に、暫定税率による納税申告を行なった事実が認められるから、安田倉庫としては、原告との通関委託契約に基づく前示のとおりの義務を十分に果たしたものであり、それ以上に特恵関税適用の要件を自ら調査する等の義務はなかったというべきである。

したがって、安田倉庫は、なんら債務不履行責任を負わない。

2  互興運輸の責任について

《証拠省略》を総合すると次の事実を認めまたは推認することができる。

(一)  昭和四七年三月ごろ、日刊新聞で、香港が特恵受益国に指定されることを知った原告の担当者中込は、互興運輸に電話をして、本件商品について、特恵関税が適用になるかどうかを問い合わせたこと、

(二)  その当時、互興運輸の通関担当者は、税関から、特恵関税適用の要件は複雑であってその説明は困難であり、原産地証明書がないと特恵関税適用の申請はできないので、輸入業者からそのような問い合わせを受けたときには、とりあえず原産地証明書の提出を輸入業者に指示するようにとの指導を受けており、互興運輸の担当者も、中込の電話による問い合わせに対して、そのような指示をしたこと、

(三)  しかしながら、原告は、その後、一度も、本件商品の原産地証明書を被告に提出しなかったばかりか、互興運輸の通関士三上が、本件期間中に一度、税関から、本件商品に特恵関税の適用を求めないのかどうか問い合わせを受け、もしそれを求めないならば、後日の紛争を避けるため荷主からその旨の放棄書を提出させるように指示されたため、三上が原告の担当者であった中込に問い合わせたところ、中込は、原産地証明書もないし、特恵関税の適用は求めないから暫定税率で通関手続をしてほしい旨答え、その後、原告から放棄書が提出されたため、三上が、これを税関に提出したこと、

(四)  互興運輸は、本件期間中、本件商品については、すべて、香港が特恵受益国に指定される前と同様に、暫定税率で納税申告したこと、

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》。

以上の事実によれば、互興運輸としては、中込が、特恵関税の適用を希望して問い合わせをしたことによって、原産地証明書の提出を原告に指示するという限度では、特恵関税の適用を受けられるように原告に協力すべき義務を負っていたというべきであるが、互興運輸は、その義務を履行しており、それにもかかわらず、原告が、原産地証明書の提出に応じなかった以上、互興運輸に対して、さらに進んで、自発的に特恵関税の適用の可能性を検討したり、そのための事実関係の調査を原告に示唆したりしなければならない義務を負わせることは相当でない。

したがって、互興運輸も、なんら債務不履行責任を負わない。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 鈴木健太 小林久起)

〈以下省略〉

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